―あ、もうそんな時期か。
予習の合間にふと携帯のカレンダーを見て、そういえば最近雪の降る日が増えてきたっけと思い出す。
野球中心の生活をずっと送っていると、つい野球以外の私生活がおろそかになってしまうのは
まぁ、しょうがないと思う。
――榛名に何か用意したほうがいいかな…
よく耳を澄ませてみると階下から姉と母の少々騒がしい声が漏れ聞こえてくる。
そりゃ、おれたち男にとってこそ受け身のイベントだけど、女の人は大変だよな。
そんな余計なことにまで考えが及んでしまい、本格的に予習をやる気が削がれてしまった。
何だかんだ明日が気になってるのかな、とそんなことに気が散ってしまう自分に自嘲しつつも、
緩む顔を抑えきれずにいると、丁度それを見計らったように階下から声がかかる。
あは、もしかして毒見か。
例年の恒例行事に思い当たった。
――それにしても。…榛名とは毎年どうしてたっけ。
思い返してみると、まれに見る気分屋の榛名と、それに振り回されるのが嫌でなくなってしまったかも
しれない末期症状のおれは、気分屋の成せるわざというか、バレンタインという行事でさえ、年によって
あげたりもらったり、返したり返されたりという、まちまちで行事そのものがあるかないかみたいなことに
なっていたのを思い出して脱力してしまった。これでも一応、付き合ってるっていうんだけど。
「あ!おーまーえー。何笑ってんだよっ!何かヤラシーこと考えてんだろ!」
「いやいやいや。榛名と一緒にしないでよ。」
「わっ何だよそれ。…あ・・あのさー。」
「宮下先輩だろ?」
「うっわオマエ何かさぁ…こう…伏せるとかしろよ…」
伏せるも何も、うちには女子マネが宮下先輩一人しかいない上に、榛名が宮下先輩のことを
一人のマネージャーとして以上に慕っているのは部員の誰から見ても明らかで。
全く望みのない想いだと誰もが判っているため、敢えて誰も榛名を揶揄ったりはしないが。
たまにはこっちの気持も考えてみろよな。って、ほんのたまーーーにだけど、時々そんな風に思ってしまう。
榛名は、何か考えているのだろうか。
榛名は無言になったおれをどう思ったのか、榛名らしい、的を外しまくった意見を言ってきた。
「ま、まさかオマエ好きな子でも…」
「いや。勝手に捏造しなくていいから。」
「あ、そう。
「てゆうかそれ以外にありえないでしょ。」
「まじかー!キャプテンなのか!うぉぉ!」
………やっぱ何も考えてなさそうだ。
朝練も無事終わった。部員それぞれがソワソワして浮き足立ってる感は否めなかったけれど、
やはり大方の予想通り、唯一の女マネである宮下先輩の本命チョコは意中の大河先輩の手に
渡ったようだ。
大河先輩以外の部員全員に、宮下先輩が直々に手渡してくれた小ぶりのチョコ。
義理とは判っているものの、男として女の子にチョコを貰って嬉しくないわけがない。
どうしても顔が綻んでしまうのはしょうがないと思う。部員の皆が、何だかにやけて幸せそうな顔つきだ。
………一部の奴を除いては。
「あー…いや…知ってたけどさぁ…」
朝練の終わった今だからこそいいものの、もし登校してきた早々、皆揃って同じ小ぶりのチョコを渡されていたらどうだったろう。
部活に私情を挟む奴ではないけれど、間違いなく朝練の榛名はあまり使い物にならなかっただろう。
朝渡しちゃえば放課後まで都合のいい勘違いをする奴もいなくなるだろう。
敏腕マネージャーの計算された作戦を薄っすら感じて、おれにはまねできそうにないやと思う。
あ、そうだ。おれもこれ持ったままだと恥ずかしいんだった。
「榛名…はるな!」
「うえ…あ?呼んだ?」
「昼休み、屋上来てよ。鞄持ってきて。」
「昼…屋上…カバン…ん。判った…」
まだ心ここにあらずといった遠い目の榛名を眺めて、何だよその腑抜け様は…と、ちょっとガックリしたけど。
途方にくれる。何か変にかしこまるのもおかしいしなぁ・・・
「あ、待ってたよ。」
「マッテタヨーじゃねーよ!朝はちゃんときーてなかったけど、よく考えたら真冬に屋上ってどう考えても
おかしくね!」
「あー、いやまぁ、うん。そうなんだけど。」
「…なんだよ。」
「溶けたらイヤだなと思って。オレの席、やけにストーブに近いからさぁ。」
目が悪いのを気遣ってくれてるのか、席替えでは大抵前の方の席を優先的に選ばせて貰うことが多い。
……裸眼はともかく、メガネで矯正してるから最後尾でも見えるんだけど。
なんて、どうでもいいことを考えていると榛名も、そういえばオマエって大抵いっつも前の方だよな、なんて思い出しながら言って。
「あれ、え。…もしかしてオマエも?」
「え…何?席替えの話?」
「ばっか。ちっげーよ。溶ける溶けねーの話だろーが。」
「あ、うん。それで、」
「いや、チョコ、だけど…い、いらねーならやんねー!」
「いや!何も言ってないじゃん!貰う!いただきます…!」
一端、教室から持ってきた鞄を開けて何かを取り出しかけたものの、すぐ中に戻そうとした榛名に
慌ててまくし立てた。まさかもしかして。
「オレも、持ってきたんだよ。」
「え、そうなの。」
……二人でなんだか、妙に真顔になってしまって、その必死さがおかしくてつい二人で顔を見合わせて
吹き出してしまった。
「ねーちゃんがやるから持ってけって。…どうせまだ家に作りおきあんだよ…そんなにいらねーしさ。」
そう言って、榛名が鞄に一旦戻しかけた小さな箱を手渡してきた。ちょっと気恥ずかしいのか、
ぞんざいな口調で呟いた。
「榛名もお姉さんからか。や、オレも昨日の夜さぁ。」
「え、まじ?オマエんとこも?」
「そうそう。じゃあこれ、オレからも。…ねーちゃんのだけど。」
おれも榛名に、昨夜手伝わされたチョコを手渡す。断るという選択肢は彼女たちの中にはなく、
唐突に手伝わせた労働の罪滅ぼしのつもりなのか、姉はシンプルなその箱に作ったばかりのチョコを
いくつか入れ、可愛らしいリボンをくるくると巻きつけてくれた。
「あれだよな。オマエのねーちゃん料理うまくていーよな。ぜってーこれも美味い気がする」
「そんなことないって。榛名のお姉ちゃんだって…」
ふと姉の料理の腕にまで話が及んで、このままだと昼休みが終わっちゃうよと、今の状況を思い出した。
「「あの」さ…」
「――あ。悪ィ。」
「いや、ごめん。何?」
同時に喋ってしまってどっちかが譲歩するのは時々あることで、榛名に言葉の先を促す。なんだか、
榛名は顔を俯けてあまり話したくなさそうだ。ゆっくりと言葉を選んでいるふうに話し始めた。
「……いや、ちゃんと用意できなくて悪ィと思ったりとか。…ちょっとだけど。」
今のはオレの妄想か何かの聞き間違えだろうか。珍しくそんな可愛いことを言ってくる榛名に
驚きつつも、珍しいものをみるような目つきでつい榛名の背けた顔を追っていると、
おれの鳩尾に榛名の拳が炸裂した。
「テメェ、ヤローのツラなんか見てたのしーかよ!」
急な榛名の攻撃に対し、完全に油断していたおれはそれをもろにくらって半泣きになりそうになった。
「…うん。榛名のなら。」
「………で。さっき何言おうとしたんだよ。」
今のおれの意見はスルーしてくれたらしい。
榛名がこうやってつっけんどんに早口で言う時は、大抵照れ隠しのことが多い。
本当に、今日の榛名はいちいちかわいい。
「いや、多分榛名と同じこと。オレからも何だかんだ用意できなくてごめん。ホワイトデーには何か
用意するよ」
「えっいいよ別に。つーかまぁこの時期チョコとか買うのはこう…誰にも貰えなくて自分用に買ってる
みたいなさー…」
「ほんとだよね。店員が女の人だとさ、被害妄想ってわかってても恥ずかしーもんは恥ずかしいよね。」
「なんだ、秋丸も一緒なんじゃん」
「って訳で、ホワイトデーにね。」
「え?まじでいーよ。今日くれたし。」
「や、でもくれたの嬉しいし。」
「…くれたっつってもねーちゃんのチョコだし…」
「やーオレもねーちゃんのチョコだけど、気持がうれしーんじゃん。」
「…そんなモン?」
「そんなモンだよ。」
「……じゃーオレも何か用意する。」
「ありがと、」
校舎からは吹奏楽部の練習や、たくさんの教室からの喧騒が遠くからかすかに聞こえてくる。寒々とした灰色の冬の空のした、おれたちはひろいひろい屋上にふたりだけで、男二人で交わすにはどうにも
薄ら寒くなるような会話をして。
何だか急に、屋上で二人っきりこんなことをしているのが恥ずかしくなった。
お互いがお互いのことを、すごくすごく、好きで、まるでお互いしか見てないみたいな感じがして――
そんなおれの恥ずかしさが榛名にも伝わったのか、
「…きもい、」
顔を両手で覆って下を向いてしまった。黒髪の隙間から覗く、耳の先が赤い。これは当分顔を上げて
もらえないかもしれない。
そんな榛名を見ておれも何だかその赤面がうつってしまい、恥ずかしいことしてんな、おれたち…と
思いながらも顔の赤さをまぎらわそうとして空を仰いだ。
「ありがとう、大切にするね」
「…ったりめーだっつうの…」
主語が何か言わなくても判ったのか、榛名は恥ずかしそうだけど投げやりな返事を返してきた。
なかなか顔を上げようとしない榛名の肩をゆるく抱き寄せて、顔を上げてくれますようにという小さな願いと
共に、普段はその身長差で上から見ることのできないつややかな黒髪にそっと唇を落とした。
少し身じろいだ榛名が、無言で額を押し付けて全体重をかけて寄りかかってきた。
実は榛名のほうが重いんだよなー。ずしりとした重みが、ちょっとだけしんどい。
しばらくして、榛名がようやく赤みのおさまってきた顔をあげた。すこし目のふちがあかい。
不意になんだかその赤にくらっときてしまって。おれって何て即物的なんだろう。
少し上目遣いで先を促すように見詰められる、ここにはおれたち二人しかいない。
そんな他愛もない誘惑をきっぱり断れるほどおれは辛抱強くも、
そこまで榛名を愛しく思っていないわけでもなくって。
どちらからともなく、口唇をあわせた。
何度か軽く口唇をふれ合わせていると、少しずつじわりと熱なのか何かわからない、言いようのない
しびれみたいなものが走ったような感覚に襲われる。
―――まるで、好きなひとと初めてキスしたみたいな、
「・・ん、」
榛名は少しだけ鼻にかかった声をあげて、それだけで、ダメになった。
「…あ…」
何だかこれ以上は色々とマズ…
ていうか、どうでも…、いや、やっぱり、あんまり…でも…
自分の忍耐との葛藤を脳内でしていると、まるで学校で不埒な行為に及ぼうとしていたおれたちを責めるみたいに、絶妙なタイミングで予鈴が鳴り響いた。
「…えー?まじでー?ここでー?」
「うん…そろそろ行こっか…」
ほんの少しの背徳感なんかより、断然勝る榛名への愛おしい気持を感じて、名残惜しげに少しずつ
身体をはなす。だって、勉強だってある程度できないと野球バカって言われるじゃない?
「榛名、次なに?」
「…んー、あ。オレ次政経の経済原理当たってた気がした!…やってないけど。」
「あ、ならオレのノート持ってきなよ。今日、午前政経だったから。…ちゃんと勉強しろよ、」
「サンキュー。」
とりあえず、榛名が5時間目、教室移動や体育じゃないのを確かめて安心した。
身体も気持ちもおちついてきたのを見計らい、少しまだドキドキしている胸をごまかして教室へとせかす。榛名でいっぱいになった頭を、かるく頭を振ることでやり過ごした。
榛名もまだ少し顔が赤い。それは決して、屋上の冬の外気が寒いからだけではないだろう。
あー、きっとおれも鏡見たら似たような色なんだろうな、なんて思った。
昔から羨ましいくらいに成長を続ける目の前の榛名の身長を自分と見比べて、筋トレでも増やして、
もうちょっと伸ばしたいな、なんて思う。けど、もうこの歳だから無理? いやいや……
ま、手始めに今日からプロテイン少し増やしてみるか。
おれは自分よりでかい榛名の頭を、愛しさのままにくしゃくしゃにして、一ヵ月後に来たるべきホワイトデーへ、ゆっくりと考えを巡らせた。
そんなおれの考えを知ってかしらずか、榛名があふっと小さくあくびをひとつした。
一瞬、暢気なモンだよなー。って思ったけど、なんかそんなのもどうでもよくなって、おれも貰いあくびを
ふぁー、とひとつ。思わず目が合って、すこしわらった。
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無駄に時間が掛かってしまった…(手直し) 元が酷すぎるからな…。
印刷直前数十分前まで打ったものなんてロクなもんじゃねぇ…ブルブル…
大分加筆修正しましたが、元が元で書いた本人が本人なので、正直殆ど変わってないような(うわぁ…)
ちなみにタイトルはミッシェルから頂きました。アキハルっぽいかな!と思いまs(…)
バレンタイン本だったので、ラブ!と入れたかったのです…まぁ…空振りに終わってますが★
@20050804